2006年の12月の中旬から一ヶ月間弱インドへの旅は私にとって、なんと眩しいほどの美しく甘美な旅となろうとは想像もしていいませんでした。
インドへなんか二度と行くものか、と過去には何度も思ったものです。今回は公演の依頼があり、また、生徒がインドへ行くことに興味をもったために、かなり重い腰をあげて計画をたてました。空港へ着いたときには懐かしさよりも「また来てしまった」という、うんざりした思いを抱きながらトリバンドラムへ降り立ちました。
けれども、生徒たちにとっては何もかも新鮮で驚きの連続です。緊張で胸が張り裂けそうになりながら舞台に立ち、インド人の首を振る身振りを笑ったり、食事に感動したり買い物をしたり大忙しの彼女たち。その姿を見ているうちに、昔の自分が少しずつ見え隠れしてきました。何に驚き、何に感動して、何に傷ついてきたのか、今では不思議なほどじたばたしてきた自分が蘇りました。何も知らない土地に来て言葉もわからないけれど、踊りを習得しなくてはいけないという焦燥感や孤独感の中、怯えながら私がとった行動とは何だったのか、そう、まるで玩具を欲しがる子供のように床に転がり手足を振り回し地団駄を踏んで泣きながら「踊りたいだけなのに!」と叫んできたのです。
今でこそ言葉には不自由をすることはなく誰が信頼できる人なのか、社会常識や文化がおぼろげながらもわかりかけているため、初めてインドに来る生徒たちの行動の危うさにはらはらしたり、微笑ましい思いをしたり、懐かしい感覚が蘇ってきました。そう、私の中には自分のこの地をこの文化を、人々を愛しく恋焦がれる感情がまだ隠されていたのでした。
思えば、4年前に共に舞踊団を立ち上げ公演をして回った仲間との決裂は私の心を閉ざしてきました。日本人であるがゆえの私の財力や知名度を利用したように思える彼らを許せないと思い、彼らの成功を聞くと腹が立ち不幸をも願ったものです。けれども、今年はその彼らに偶然再会したのです。私たちは抱き合い、ものの見事に一瞬で4年の月日を越えることができました。彼らは私との再会をどれだけ望んでいたのか、私にどれだけ感謝してきたか、私が去ったことをどれだけ悲しんでいたのかを語ってくれました。その甘美な言葉は、私の心の扉を開き、私は何に対して憎しみを抱いてきたのかを思い出せなくなりました。
そして、踊りの最初の師匠とのレッスンの再開もありました。連絡はとっていたものの、指導を受けることは避けてきました。デリーに新しい師匠を見つけたことも言いにくいことでもあり、また昔のようにお金や舞台にからむことで揉めることが嫌だったのです。その師匠からもどれだけ私に会いたかったのか、あの頃は外国人を教えることがあまりなく不器用な対応をとってしまったことを詫びてくださり、それから教えてきた外国人の生徒にはずいぶん苦しめられたことなどを話してくれました。私を待っていたと仰ってくださいました。
そして、クラスが再開されたのです。本当に師匠の指導は宝物のようです。貴重であり、眩しいほどかけがえのない時間であると再認識できました。
何かが確実に変わり始めてきたのです。私はもう泣きながら地団太を踏んで許されるような年齢ではなくなりました。インドの人々も私を一人の大人として扱ってくれるようになりました。自分のことばかりを主張することなく、この土地で学ばせていただくことに感謝をしながら、成熟した大人として仕事を貫いていくためにはどうしたらよいのか考えなくてはいけません。インドに出会いなおすことができた今、もう一度仕切り直すのです。
土壌ができた今どんな花を咲かせていくのか! 新たな挑戦です。